「終活」がやけに目につく・・・

金曜日にテレビで「終活」の特集をやっていて、墓地や墓石などについて、最新
 
の墓地事情や墓は別々がいい、と言う考えの夫婦などがいるという話が流れてき
 
た。他人事ではないな、と思いつつ流し見していた。
 
 
そして次の日に、朝食を取りながらNHKに回すと、終活の住まいの問題をやって
 
いた。

画像:秋田終活支援センター

自分が生活していた家で過ごすか?、
ホームに入って過ごすか?
子供たちの家で過ごすか?

など、色々な方法を模索していた。
 
 
ホームに入る人の例をやっていたが、ホームを見て回って決めてホームに入居
 
したんだが、「私には狭すぎる」と愚痴をこぼす入居者、部屋の大きさは忘れ
 
たが、入居するおばあさんが思い出を捨てきれずに持ってきてしまった為のよ
 
うだ。
 
あれやこれやに思い出が詰まっていて、捨てきれないのである。おばあさんに
 
すれば、思い出は一緒に持って行って、思い出に囲まれて生活したい、と
 
いう
 
思いだろうが、提案者は全部捨てて身軽に新生活を・・って事なんだろう。
 
結局どうしたのかは覚えていないが「私には狭すぎる」の言葉だけが残ってい
 
た。
 
昔の新聞記事に似て非なる事があったなぁ、と探してみた。

 

 
あったあった!
昭和九年(1934)4月14日の読売新聞に載った話である

神奈川県横須賀市の旅館に泊まっていた地元の活動写真弁士で三十五歳の男が、
 
朝になっても起きてこないので女中が見に行くと、睡眠薬を多量に飲んで自殺
 
をしていた。

さっそく警官がやってきて調べると、この男の枕元には、前の晩、自分で葬儀
 
屋に出かけて行って注文をした棺桶から位牌、霊柩車と手伝いの男の賃金まで、
 
現金で支払った二十円十五銭也の受領書のほか、東京の実弟あての頼信紙に
 
「アニシスイガイムカエニコイ」と書いた電報とその料金まで添えてあったと
 
いう。もっと努力を向ける方向はなかったものか?
 

我が家では、私たちどちらが逝っても葬儀は必要ない、としている。仮に葬儀
 
が必要な場合でも葬儀は家族葬で親戚知人などは本人が希望した人のみ知らせ
 
る。その場合の葬儀費用はそれぞれ本人負担としている、母の時にやはり家族
 
葬で行い、費用も母の口座より回収したので、ここんとこは問題ないと思うが
 
最終的に煮詰めてはいない。22日に放映していた健康番組で平均寿命、男80
 
歳?、女87歳?とか言ってたような気がする。ならば、せめて平均寿命まで
 
は生きたいもんだ、孫24歳と16歳になる。・・・もういいか!
 
蓮の花 終活に手を差し伸べた クモの糸

今日の元気の灯