お正月の「おせち」と「門松」について


迎春・松の内も7日まで!

私が子供の頃は、お正月と言えば、それぞれの家庭の門口に当たり前に門松と国旗が掲げられていました
今年、近所をまわってみると、松の小枝を門柱に括り付けたり、玄関ドアの横に貼っていました。あるいは松の小枝に変えた和紙に印刷したのしのようなものが貼られていました。
 



 
自宅の家の中では、井戸、便所、かまど、門口などに「しめ縄」を張っていました、それは、それぞれの神様がその場所に祭られていたからです。
家庭にある神棚をみてもわかる通り、昔から日本では、天照大神(あまてらすおおみかみ)、家の祖先神、産土神(うぶすながみ)、守護神など、様々な神様を祀って拝んでいました。現在、自家用車や台所に、小さめの「しめ縄」をつけたりするのは、こうしたそれぞれの神の由来かららしいです。
 



 
そうしたたくさんの神様の中に「年神様」という五穀を守る神様がいたのです。年神様は、春のはじまりの第一日目である元旦にやってくる、それで、目印として門松を立てて年神様を迎えたと言われています。若干詳しくは年末のブログにかいてます。
 ところで、この飾りつけは、12月の28日までにするものとされていたのは、ご存知でしたでしょうか? これはブログ仲間の「東の魔女」さんも書かれていました。若い人たちには、教わる機会がなかったのかもしれませんね。家の長男だって、「そうだっけ」で終わりでしたから。
 



 
古い習慣が消えていく中で、今も健在なのが、お正月の「おせち料理」です。
「おせち」とは「御節供」(おせちく)の略なんですが、御節供は、もともとは宮中の節日の宴会に供せられる、ごちそうのことでした。平安時代には、宮中では、1月1日と1月7日、3月3日、5月5日、7月7日、9月9日と言った節目には、神前に供え物をして、宴会をしていたのです。この宴会料理が「御節供」(おせちく)がしだいに略され、お正月料理だけをさすようになって「おせち」として定着したらしい。
 

画像:Culture

 

 

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