サンタの日本初上陸はいつ?

さあ、そろそろ孫たちのクリスマスプレゼントの買い物だ、

ハルは、何がほしいの?
ジイジには、〇〇〇 と ガチャガチャの〇〇の二つだけ買ってもらうの、サンタさんは、〇の〇〇〇をお願いしたの。

ガチャガチャだったら、今から行こうか、ちょっと服着てくるから・・

さあ、できたぞ、ハル行くか?

「おとうさん違うんだって、今買うと、クリスマスの時に買うのが一個になっちゃうのが嫌なんだってさ」

そうなんだ、そうかそうか、買うのが一個になっちゃうからか?。
わかった、じゃあそうしよう、今日はトミカの赤いヘリコプターにしよう。じゃ~行くか・・・

枕元に靴下を下げて寝たのはいつのことやら・・・・・

子供の夢を叶えるサンタは、いつ頃日本に来たのか?、文献で調べてみたら、

古いところで、永禄5年(1562)に、ポルトガル人宣教師が大阪の境から本国へ送った手紙に「境の切支丹らは大なる喜びと満足とをもってクリスマスを祝したり」とあるのがどうも初めてだそうだ。

明治6年(1873)に禁制が解かれた後であれば

明治8年12月26日の東京曙新聞に、
「12月24日夜、女子師範学校(現お茶の水女子大)の先生の家で、
西郷従道夫人以下、著名士の婦人たちが集まって、クリスマス・イーブを祝ったとあり。
また
翌25日には商法講習所(現一橋大学)のボイトニー先生宅で、学者達が集まってクリスマスを祝ったと出ている。

明治14年の12月に、横浜の本町一丁目にあった明治屋が
店内にクリスマス・デコレーションを初めて試み、東京や大阪などの支店でも同じような飾りつけを始めた。これらは、まだまだ本国を離れている在日外国人の心を慰める程度の物であったという。

画像:江戸ガイドより⇒
明治35年12月24日の時事新報が、
横浜のクリスマス景気について初めて触れて、

「明日はクリスマスに相当するが全横浜における贈答品の景況を聞くに、本年は例年よりむしろ好景気のほうにて、主たる西洋小間物屋の境町大宮商店、山下町五十九番レンクローフォールドのごとき西洋人を顧客とせる商店は、一両日前より客足しげく、すこぶるにぎわいおれリ。
いまその主たる品を記せば、
第一には、人形などの小児玩具にして1~2円ないし5~6円のものもっとも望む人多く、
次は、麻ハンカチーフにしてダース3~4円ないし6~7円まで
次は帽子4~5円ぐらい、メリヤス一組9円くらい
手袋2円4~50銭
香水3本一箱4円ないし7円
写真ブック4~5円ないし10円
内外、舶来絹傘1本7円ないし12円くらいのもの、もっともさばけがよく、概して10円以上の高値のものよりは、安値品売れ行きよしといえり」
としている。

このあたりから、クリスマスの行事もようやく日本人の生活の中に入ってきたといえるのじゃないでしょうか。

明治37年12月26日の東京朝日新聞には、次のような記事も見える。
「会堂の鐘が天の福音を伝うるごとく、クリスマスは、いかにキリストの祝福を世にしくものぞ、目覚めて靴足袋のうちにサンタクロースの賜物を見出したる子らのよろこびは、他のなににたとえん。
さるにても夫人連が心づくしの贈物は何。新しき望みを寄せて、幸福をうたうべきわが世の上にも、さらに新しき光や添わん」


引用した主な新聞解説他

大阪朝日新聞=明治12年(1879)1月、朝日新聞として大阪で創刊。21年7月、東京のめざまし新聞と合併し、東京朝日新聞としたのにともない翌22年1月、大阪朝日新聞と改題。昭和15年(1940)1月、東京朝日新聞と題号を統一し朝日新聞となる。
国民新聞=明治23年(1890)2月、東京で創刊。昭和17年10月、都新聞に合併し、東京新聞となる。
時事新聞=明治15年(1882)2月、東京で創刊。昭和11年12月、東京日日新聞に合併。
新聞雑誌=明治4年5月、東京で創刊。明治8年1月、あけぼの新聞、同じく6月東京曙新聞、明治15年3月、東洋新聞とそれぞれ改題、明治15年12月廃刊
中外物価新報=明治9年(1876)12月、東京で創刊。明治22年2月、中外商業新報となり、昭和17年11月、日本産業経済と改題、昭和21年3月、日本経済新聞と改める。
朝野新聞=明治5年(1872)11月、公文通誌として東京で創刊。明治7年10月、公文通誌から朝野新聞と改める。明治26年11月廃刊。
東京日日新聞=明治5年(1872)2月、東京で創刊。明治44年3月、大阪毎日新聞と合同、昭和18年1月、大阪毎日新聞と題号を統一し
毎日新聞となる。
郵便報知新聞=明治5年(1872)6月、東京で創刊。明治27年12月、報知新聞と改題、、昭和17年8月、読売新聞と合併し読売報知新聞と改題。

読売新聞=明治7年(1874)11月、東京で創刊。昭和17年8月、報知新聞と合併し読売新聞から読売報知と改題、昭和21年5月、読売新聞と旧名に戻った。

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