初めての手術―盲腸

昭和49年に腹痛が治まらず、近所に出来たばかりの藤塚外科胃腸科で診てもらう
masui

盲腸ですね!お腹痛かったでしょう?

いつもはお酒を飲むと、痛みが和らいだんですけども、今回は飲んでも痛みが治まらないんで病院にきたんです。

やり取り
とんでもない、お酒は駄目ですよ~!
すぐ手術しましょう、今から入院してください。
――えっ!今からですか?
そうですよ!
――先生、月末で書類が遅れているんですよ、月あけじゃ駄目ですか?
いつ破裂しても知りませんよ!ぱんぱんなんで今日にでも破れるかもしれませんよ。
――わかりました会社に連絡してみます。

 

と言う事で即入院と言う事になった。
待合室の鏡に金文字で東京慈恵会医科大学だか東京慈恵会病院だかと書かれていた、慈恵会の流れの医師なんだ、なら大丈夫だろうと、生意気にも思った記憶がある。
(その根拠は、近くの川崎宮前区に聖マリアンナ医科大学があり、評判が良くないとの噂があったから。あくまでも第三者から小耳に挟んだんですよ。根拠はありません。)
当時は、藤が丘の昭和医科大学病院は出来ていなかったと思います。
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手術の記憶は、下半身裸になって上向きに寝て、高看を出て2~3年位のナースさんに陰毛を剃られることから始まった。本来なら、若いナースさんに触られると進軍ラッパで元気がでる年頃なんだろうが、それどころではないと言う事を感じ取っていたようで、静かでおとなしいものでしたね。

 

下半身麻酔と言う事で、下半身はすっぽんぽんなんだが、上半身は手術着を着ていたと思われる。(大腸の検査がそうだったから)

 

次に、腰椎麻酔であるが、体を横に向け、膝をかかえこんで、自分のおへそを見る格好をさせられる。何かを塗られたあとチクッときて次にググ~っと焼き鳥の金串をゆっくり刺し込んでいるような太く重たい痛みがどんどん奥に入っていく、一瞬痛みで体が伸びそうになるが、慌ててより腰を突き出すようにして、強く膝を抱え込む。この重い痛みがどんどん奥に刺さっていくのである。

ウ~ッ痛~~い

下半身麻酔なので上半身は動くし、意識もしっかりしている。そのことがかえって怖い。
看護婦の動きや先生の動きや話し声等のすべてが確認できるのである、しかも大腸のポリープを切除して縫い合わせるのに腸を引っ張るために内臓の痛みが上半身に
もろに伝わってくる。これは我慢するしかないのだ。

下半身は意識のないぶよぶよした肉の固まりで別の物体だ、しかも、実際の足よりもはるかに大きな物体がボテッ!と胴体に繋がっている。
そして、私は手術台で上向きのため、お粗末な凸物体が露出している、可愛そうに思ったのか、ガーゼを乗せて貼ってくれた。

〇〇さん、大腸のポリープが見つかったので、ついでに取っちゃいますからね。

――ハイ!お願します。
イタタッ!イッ~タ~内臓が下に引張られる痛さが続く。

ちょっと辛抱してね。大腸は二回縫わなくちゃならないからね。
はい! ウッ~~!
ナースが私の手を握って、もうちょっとだから頑張ってね!と声をかけてくれた。若いナースだがとっても安心感を覚えた。しかし、痛みが消えた訳ではない。
さらに唸っていると、今度は私の二の腕辺りを掴んで、子供をあやすように指先を上下させてたたいてくれた。
(ガンバレ、ガンバレ、ガンバレとでも言っているようだ)
はい!無事終わりましたよ! 

ありがとうございました。

そして、手などに取り付けていた血圧計や心電図などのモニター類をはずして、同階の病室に移動。

後のポリープの病理検査も良性であった。なんだかんだで2週間入院しましたね。この時の費用は覚えていない。女房に聞けばわかるかも知れないが、余計な事を思い出させ、あの時あんたねぇ~~~と始まらないとも限らないので、危うきに近寄らず。と言う事で費用は不明です。
これが、私の初めて手術でした。次回は、死にかけた十二指腸潰瘍だ。

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