国語読本の鬼征伐を鬼退治に変えた文部省

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テレビで色々参議院選挙の総括を目にするが。中で、野党が憲法改正の問題を「戦争法?」だったかな、で戦争イメージ?を作ろうとしたのか?も知れないが、ちょっとかけ離れすぎている感が否めない。北朝鮮や中国の動向は防衛力強化が必要な事は明白なんだが・・・・・
実は、日米安全保障ともかかわり、対米の問題を据え置いて・・・・・・・参議院選挙の論争がかけ離れていたので、今回の論争は私の中で整理できていないし、今回の選挙は拒否したのである。
したがって、この辺りの判断力は全く無いのだが、似たような事をやった文部省の事例を紹介しよう。

 
 
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昭和8年(1933)4月の新学期から、読本の教科書が変更された。


小学校1年生の国語読本が「ハト、マメ、マス、ミノ、カサ、カラカサ」から「サイタサイタ、サクラガサイタ」・・聞いた事ありますよね?大学の合格電報。
―――要は単語の羅列から始まった読本を、すぐ文章に入るように改められたのである。

何が問題なの?

ここが問題なのではなく、読本の中の「モモタロウノハナシ」の中の改訂で、「オニセイバツ」を「オニタイジ」に変えた事が問題なのである。
読本の改訂が昭和8年と言う事は、世はまさに、満州事変(昭和6年9月)から日中戦争(昭和12年7月)へと、戦火拡大の道を進みつつあった。したがって、憶測ではあるが、大陸での作戦を征伐と思われては具合が悪く、退治という解釈が欲しかったのではないだろうか?
私たちが知っている桃太郎の歌は「・・これから鬼のセイバツに、ついてくるならあげましょう。」ですよね。

では、似たようなセイバツとタイジでは、どう違うのであろうか。
「セイバツ」(征伐)とは、
私たちに服従しないものを攻め撃つ事であり、
 
「タイジ」 (退治)とは、
我々に対して、害するものを打ち平らげることである。

味を占めた文部省はのちに、「侵略」を「進出」になおして、物議をかもしたのである、今回の「戦争法?」も、うっ!とつまずく、どだいそういう体質を持っているし変わっていないことが、ゆくりなくもここに現れている。

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余談だが、昭和6年(1931年)1月29日の東京朝日新聞が次のように書いている。


「いよいよ学期末試験も近づいて、学生にとっては恐怖の時節。
専門学校以上となると実力の競争で父兄の後押しも大したことはないが、小学校から中学校くらいは、学生本人よりも父兄が、やんやの大騒ぎ。成績が良ければよいでさわぎ、悪ければ悪いで一苦労の父兄連、からめ手の作戦で最後は先生方への、平身低頭から贈物とくる。

 


男の学校はともかく、女学校などではお嫁入りにも差支えるというので、先生への人気取りはまるで贈物競争だ。
甲の女学生の家庭で三十円の切手を贈ったとわかると、
乙の女学生の家庭では五十円を奮発、
丙の家庭では切手五十円の上にお芝居に招待する、
丁の家庭では家に招待して、すばらしい歓待をやる。という始末である。

 
この競争で、泣くに泣けないのは貧乏人の子供だ。子供の小さい心にもひけ目を感じて登校をいやがり、果ては転校を希望するものも出るという、あわれな結果を招いている。文部省では、取締り方を厳重にするよう、近く内達することになった。」

こんな時代背景なんですが、あなたはどう感じますか?

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