地名が語る歴史の断片 戦前弾丸列車!戦後は?


「じいじ、はっちゃん家の前の道路の名前はなんていうの?」

「なになに突然に、はっちゃん家は住宅街でメインの道路(市道に接していないから道路に名前はついてないよ(厳密にはついている)」
 
「じいじ家を出て、歩道橋のある広い道路は国道246というんだけどね」
 
「じいじ家の前の道路も名前は無いんだよね、一応小学校の通学路に指定されてるけどね」
 

「保育園だって〇✕保育園って〇✕がはいってるよ」


 
「それは地区の名前だよ、道路の名前じゃないんだよ、この地区は〇林間って言う地区なんだよ」

「それが知りたかったんだよ」

 
「なんだ、それは一般的に住所って言うんだ、
 
・・・・教えられてないのかなぁ?・・・・
 

はっちゃんが作ったお家に行くのに名前を付けたかったんだ

 
はっちゃん家に行く道
  とか
闘うはっちゃんの家
  とか・・・・
 
・・・・・な~んだ、そういう事か~・・・・・・
 
「住所を考える時に、欧米では大通り名や川と番地で考えて、日本では、大きな区割りから細かい区分に絞っていったんだよね。」
 

「住所ってことがわかれば、それでいいんだ」

 
     「・・・・・・・・・・」



 
 
そう言えば、新幹線と言う地名がある?あったのをご存知ですか?
新幹線と言えば、東海道新幹線は昭和三十九年、東京オリンピックが開催された年に開通したんですが、当然着工はそれ以前から行われていた訳ですよね。
 
ありました、ありました新幹線計画自体は戦前からあったようで、昭和十五年に着工しているんですね、計画自体は、「こだま」、「ひかり」ではなく「弾丸列車」という名称でした。

 
工事は、新丹那、日本坂のトンネルから始められましたが、太平洋戦争が始まり、新幹線工事に必要な物資や労働力がなくなって、結局中止においこまれたそうです。
 
この時のこの工事に関係した人たちが住んでいた場所を「新幹線」と名付けたそうです。

 
場所は、丹那トンネルの三島側の出口にあたるところです。
 
当時の住所でいうと、静岡県田方郡函南(かんなみ)町新幹線 となります。
 
近くにある公民館の名前が「新幹線公民館」で近くのバス停名が「幹線上」「幹線下」が残ってるそうです。

 

読者のコメント