大相撲秋場所!白鵬休場!波乱の初日!

昨日から大相撲秋場所がはじまった。

途中から見たんだが、あれ?あれっ?と違和感があった、そういえば横綱白鵬が見えないのである、代わりに師匠が上がっていた。勿論理由はすぐにわかった横綱・白鵬や逸ノ城、豊ノ島が休場なのである。

また、ふた場所連続で綱とりの期待がかかる大関・稀勢の里が平幕の隠岐の海に敗れるという波乱の幕開けとなった。と思ったら、休場明けの横綱・鶴竜も小結の栃煌山に不覚をとった、大波乱のスタートになりました。

横綱・白鵬が休場して、空気がちょっと違うかな~、ってところを、横綱、大関陣が頑張って盛りあげなくてはならないんだが、何をまちがったか初日から盛り上げる方向性を誤ってしまっている。
やれやれ、息抜き~~息抜き~~
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[su_box title=”相撲雑学  土俵はなぜ丸いの?” box_color=”#63775d” title_color=”#ffffff” radius=”5″]
五斗俵を円形に並べて置いたのがはじまり、もともと、土俵の起源は、織田信長の時代で、相撲場と言われる広場で力士たちがまわるく囲んで、その中で相手を倒せば勝ちというもの、この人垣を、「人方屋」(ひとかたや)と言い、この人方屋が俵を並べた土俵に変わったといわれている、その時代が1661年~1716年のころらしい。

そうそう、当然、丸い土俵に異を唱え、四角い土俵を草案した南部の行事もいたが、一般化せず現在に至っているとのこと。
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[su_box title=”相撲雑学  土俵でなぜ塩をまくの?” box_color=”#63775d” title_color=”#ffffff” radius=”5″]
この塩は「清めの塩」ですね。
土俵は力士にとって神聖な場所ですから、地中の邪気を払い、土俵を清めるために塩をまくのです。
このしきたりが整ったのは、江戸勧進相撲が公に許された、元禄年間(1688~1703)ころと言われています。
神道の禊祓(みそぎばらい)の形をとるようになり、塩、紙、水の三つが用意されたのです、紙は「力紙」又は「化粧紙」とよばれた、
水は「力水」と呼ばれ平安時代の相撲節会で使われたという記録がある
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[su_box title=”相撲雑学  土俵の四隅に下がっている房はなに?” box_color=”#63775d” title_color=”#ffffff” radius=”5″]
この房は、四季とその神様を表しています。次のとおりです。
〇青房は季節の春を表し、青龍神、(東)東北隅
〇赤房は季節の夏を表し、朱雀神、(南)東南隅
〇白房は季節の秋を表し、白虎神、(西)西南隅
〇黒房は季節の冬を表し、玄武神、(北)西北隅
この房は、つり屋根になる以前は、屋根を支える四本の柱にそれぞれの色の布を巻いていたそうです。

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[su_box title=”相撲雑学  土俵に何かをうめるってホント?” box_color=”#63775d” title_color=”#ffffff” radius=”5″]
本当なんですね。
大相撲の行事の一つに「土俵祭」と言うのがあって、本場所初日の前日に、事故や災難に見舞われることなく、場所がとどこおりなく行われるよう祈願するお祭りです。
この「土俵祭」の中で、「縁起物鎮め」と呼ばれる行事があって、まず、土俵の中央に穴を掘って御神酒をそそぎ、この穴に、勝栗、こんぶ、洗米、かやの実、するめを埋めるのです。
これらの縁起物は場所中ずーっと埋められています。
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今年の第49回NHK福祉大相撲大会の時の初っ切りです。のんびり大相撲を楽しみましょう。
私が小学校3年生の頃は保育園の砂場で中学生に相撲をとらされたことがあります。すっぽんぽんになって、誰のか解らない白いまわしをしめさせられました。これが最初で最後の相撲の予定だったんですが、4年生の時、学校の授業で相撲を取りました。

私のような貧弱な体には到底相撲は似合いません。中学校の授業でもやったんですが、その時は一個下の後輩だったので、柔道の一本背負いで投げたら叱られずに、先生が相撲の技にあるとか話してた。私が子供の頃は若乃花、栃錦、朝潮などがいた栃若時代と言われたころです。

これ以降は主に野球で水原監督や長嶋、王、広岡、森の巨人軍対三原、豊田、杉浦、中西、香川等が記憶にあります。球団も、覚えている限りでは、西鉄ライオンズ、阪急ブレイブス、国鉄フライヤーズ、読売巨人、近鉄バッファローズてな感じでしたね。
今は、どちらも楽しみに観戦しています。

今日の元気の灯