子供の成長に潜む偶然と賭けの選択!



行動が少なく、寝付けない時間が流れる、20分から1時間も横になれば目を覚ます、また横になるをくりかえす。
睡眠導入剤のつもりで本を手にしたが、これが、睡眠導入どころか覚醒してしまって、頭冴え冴えで参ってしまった。
その本の内容が本文である。


パスカルの「パンセ」には「偶然」とか「賭」というふうなことについて書いてある断章がたくさんあります。
 


たとえば、こんな一節があります

 
一生のうちで一番大事なことは、職業の選択である
       ところが
         偶然が職業の選択を左右するのである。
 
 

習慣が、石工、兵士、屋根屋という職業を選ばせるのである
 
    「あれはすばらしい屋根屋だ!」と人が言う。
 
    「兵隊のはなしをしながら「奴らはバカ者だ!」という。
 
ところが、
 
他の人たちは反対に
 
「偉大なものは戦争だけだ、軍人でない奴は、ろくでなしだ」
 
という。』
<パスカル 前田陽一責任編集 中央公論社 108ページ>
 
 
 

『人は、子供のときにこれこれの職業がほめられ
それ以外のものはすべて軽蔑されるのを
さんざん聞かされたために、
それにひきずられて
職業を選択する
 
   なぜなら
 
人は元来、徳を好み
愚をきらうものなので、だからこそ、
これらの言葉がわれわれの心を動かすのだ。』

 
 
 

例えば、石工ばかりの地方があったり、
あるいは兵隊ばかりの地方がある。
 
といったことがあることを指摘しておいて、
 
   しかし、
 
それは、人間の自然にもとづくものではなくて、
 
  むしろ
 
それぞれの地方が
 
   たまたま、
 
      そういう職業の人々が多く、
 
それが人々をほめるという習慣をつくり、
 
そして、それが、子供たちの職業の選択を
支配することになる
からだという。

 
 
 

人間の一生でいちばん大事な職業の選択のようなことについても、
 
  こうして、
 
当の本人がそう自覚するしないにかかわらず、
偶然が大きな力をもって支配している、
ということを指摘しているわけです

 


 
 
それから、こんな個所もあります。
 

『「神はあるか?またはないか」ということにしよう。
 
だが、
 
われわれはどちら側に傾いたらいいのだろう?
理性はここでは何も決定できない。
そこには、われわれを隔てる無限の渾沌がある。
 
この無限の距離の果てで賭けがおこなわれ、表か裏がでるのだ。
 
あなたは、どちらに賭けます?
 
理性によっては、あなたは、どちら側にもできない。
理性によっては、二つのうちのどちらを退けることもできない。

    <パスカル 前田陽一責任編集 中央公論社 164ページ>
 
 
 
そして、断章二四一では
 
『順序。
 
私には、キリスト教を本当だと信じることによってまちがうよりも、
 
まちがった上で、キリスト教がほんとうであることを発見
 
するほうが、ずっと恐ろしいだろう』
<パスカル 前田陽一責任編集 中央公論社 170ページ>
 
とあります。
 
 
これは、必然性によっては、理性とか合理性とかによっては、決定することができないときに、人間は一体何によって決定するのか、という問いをなげかけているといってよいでしょう。

 

 
そこに、「賭」ということがあらわれてくるわけです。
 
結 論
人間は、自分の意志を自分では決定することができない、あるいは、理性によって決めることができないというときに、自分にとって
最も大事なことの決定さえも、偶然にゆだねるということがあるわけです。
 
人間は一方では「必然」の洞察にもとづく理性による合理的判断を追い求めている。
   にもかかわらず、
 
他方では、むしろ、自ら進んで「偶然」に身をゆだねることがある、というわけです。

この「偶然」「必然」の問題は、人間の一生にとって、たいへん重要な意味を持っている、といっていいでしょう。
 
気が付いたら、午前5時30分になっていましたよ  今日は限界、おやすみ

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