我が家の愛猫 天国へ旅立つ!

我が家の愛猫は食事をしなくなって4日目のお昼に静かに息を引き取った。

この猫との出会いは20数年前のことである。

私と女房で小雨の降ってる早朝、車で玉川上水に向かっている時、町田街道の橋本駅と相模原駅の間の自販機の並んでいる信号機で止まっている時、フロントミラーに黒く動くものが見えて消えたんですよ、猫だ!と一瞬頭に浮かんだので、女房に、

子猫がお前の方の下にいたぞ!、道路の真ん中だから、動かさないとひかれちゃうぞ!」

早朝で車もいないのでハザードをつけて猫の移動を待つ。

右の自販機の広場に捨てられたんだろうか?信号が赤になって、はってでてきたのか?

女房が子猫を抱えたまま乗り込んできて、

「お父さん、このまま置いてけないよ」

と濡れた猫を拭きながらタオルでくるんだ。

「ちっちゃいな~! 目も開いてないじゃん、まあいいや、つれてこ

ってことで車を走らせた。

これが、愛猫との出会いである。

玉川上水に着いたら天気は上がっていたので、猫を敷地内に離すと、ミャーミャーと大声を張り上げて、花壇のレンガ沿いを、右足を引きずりながらヨタヨタと必死で手探りで歩いていた

車の観音ドアをオープンにして、バスタオルを広く敷き、前の喫茶店から段ボールをもらって臨時の寝床をつくった。
観音ドアを開けっ放しでも、段差が大きいので、下りて迷子になることもない。

喫茶店のマスター(女性)もお客さんと一緒に猫を見に来て、飲み物をいただきました。

この日から一緒に生活するようになり、夜は我が家、日中は、出かける車で過ごすことになりました。

すると、すぐに愛犬の雌犬の母乳が出るようになり、猫が飲むようになりました。

こうなると、離す訳にもいかないので、雌犬も車で連れていくことにしたんです。

一番後ろをベッドにして段ボールを固定して休めるようにしたんですが、走行中も犬は落ち着かず、うろうろするため、女房も後ろにいったり来たり。伊豆の方は2か所だったかな、手渡しの料金所があるため、「お~い料金所」と言って戻ってもらいました。

これがきっかけかどうかはわかりませんが、車大好き猫になってしまい、我が家の近所で工事があって、車のドアが開いてると、早速中に入って寝ているんです。何度も車で運ばれては、連れ戻されてきました。

この猫の最大の出来事は、入院手術を受けたことであろう。

目も開き、表に出るようになってから、近所の猫とけんかして、背中を伸ばせない状態だったので、次男がネットで調べて動物病院へ連れて行くと、入院して手術が必要だと言われたと言うことで入院。

下田からの帰りに動物病院に寄って状況を聞き、なんだかんだで2週間入院させられた、費用は25万円であった。

「今度やったら知らないぞ!」と念を押しておいたので、その後は怪我をすることもなく、近所でも評判の猫になった。

と言うのも、犬の乳で育てられたので、犬の散歩にもついてくるんです。不安なので猫用のリードをつけていたんですが、縦の動きの猫には不自由なようで、気に入らないとゴロッと横になるんです。こっちは横になったままの状態で、ズルズルとリードを引っ張るんです。

5mも引くと、ピョコッと起きてまた歩き始めるんです。2年目くらいからリードなしで散歩についてくるようになりました。
2匹が散歩してると、「ありゃ~猫みたいな犬だね」と通る人から声をかけられます。  ・・・・猫なんですけどねぇ・・・・

ロン(雌犬)がオシッコすると、猫が土を丁寧にかけるんです。よその犬が吠えると、ロン(雌犬)の傍で背中をそり立たせてロン(雌犬)を守るように威嚇してるんです。てな、いろんな事があった猫なんですよね。

ロンが眠っているペット霊園にお願いいたしたので、黄泉国訪問神話のように2匹仲良く待っていることでしょう。

孫が来て、じいちゃんが死んじゃったのかと思った、と言ったので、嫁も大慌てで、そんなこと言ってないでしょう、ミイーちゃんが死んじゃったってちゃんと言ったよ。と弁解していた。

「ミーちゃんもジーちゃんも一字しか違わないもんな~」

「ばあちゃんよかったね、あっちこっちでオシッコしたりウンチしたり大変だったもんね」

子供の死に対する認識はこんなもんなんだろう、家を建てたら動物を飼うかもって言ってたから、飼ったら命の認識も変わってくるだろう。

今日の元気の灯