日本刀で姉と嫁を刺し自殺!

 
元宮司が日本刀で殺人

容疑者と小・中学校の同窓生である50代の男性はこう話した。
「事件の速報を聞いたとき、過去にきょうだいのいさかいがあったので、茂永(容疑者)の犯行ではないかと思った。同時に凶器が日本刀だと聞いて、そんな根性のあるやつじゃないとも思った」

 
 
事件は、色んな人が解説しているので、そちらを参考にしてもらうことにして、
 



 
 
私が目をひいたのは、日本刀で自殺である。
 
記憶に出てくるのは、やはり三島由紀夫と盾の会だろう、それと毎年この時期に始まる浅野内匠頭と吉良上野介の赤穂事件の忠臣蔵かな。
 
 

私たちは日本人だから、昔、武士が腹をかっさばいて死んだことがあることに、たいして不思議に思ったりもしないのだが、外国人からすれば、その残酷さ異常さは理解しがたいもののようです。切腹は世界でも例のない特異な自殺方法で、日本人独特のものなのです。

 
 
なぜ武士は、何時間も苦痛をともなうハラキリを選んだのでしょう?
 
 
これは、昔の人たちが、魂は腹の中にあると信じていたからです。
 
たとえば、
「肝魂」(きもだま)とか「胆をつぶす」とか、「腹黒」い、などと言うように、頭脳よりも、腹の中の臓器のほうが魂が宿っているので重要だと思われていたのです。そこで、魂が宿っている腹を刺したり、切り開いたりすれば、胆がやられて死ぬ、という思想が生まれたのでしょう。
 
時代が鎌倉、室町、戦国と下るにつれて、武士の間では切腹が盛んになってきたそうです。
 
 
なぜかと言うと、
 
切腹は武士だけがやってのけることができる、勇壮な自殺方法だからです。
 



 

その痛さは並大抵のものではなく、気の弱い町人や百姓には実行不可能なもので、痛い思いをして死ななくてもよいのにと思うのは、庶民の浅はかな考えで、武士らしく意志の豪気さを顕示して死ぬには最高のデモンストレーションだったわけです。
すなわち、切腹の思想は階級意識から発したものというわけです。

 

ところで、江戸時代の切腹は、武士を対象に設定された最も重い刑罰だったという事です。
しかも強制ですので中には見苦しく騒ぐ者もいて、それをあくまでも武士らしく刑の執行を終わらせるために、「解釈人」と言うものをつけたとのことです。
そして、儀式としての切腹の作法もうるさく言われるようになったそうです。
 
 



 
 
初めて切腹したのは・・?
・・・・・・・ちなみに、我が国で初めて切腹をしたのは、永延二年(988年)に死んだ、袴垂保輔だと言われているそうです。
彼は、源頼光と家来の四天王に追い詰められて、もはやこれまで、と腹を刺し切って腸を引き出し、それでも死にきれずに、連行され、翌日獄中で死んだと伝えられているそうです。


 

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