明治の三面記事-10 鉄道の日

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(21)運転手車掌兼務の禁止命令      明治38年
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10月14日は何の日? 鉄道の日です

1872(明治5)年 10月14日(旧暦9月12日)は、日本初の鉄道が新橋−横浜間で開業したことを記念して、国鉄が「鉄道記念日」と制定。
JR発足後1994(平成6)年に「鉄道の日」と改称した。今日の鉄道の日にちなんで、明治の鉄道事情をのぞいてみよう。

 
乗り合いバスが戦後ワンマンカーになったときは、人々は珍しがったが、明治時代に東京を走った市内電車は往々にしてワンマンカーで走らせて物議をかもした。
 
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原則として運転手と車掌はそれぞれ専任にする取り決めなのだが、交代兼務どころか人手を節約するため、乗客の少ない時間帯は運転手車掌兼務のワンマンで電車を走らせたのである。
 
ところが明治38年(1905)12月に、警視庁がワンマンを固く禁止する命令を出したのである。
 
その様子を12月26日の東京朝日新聞が次のように書いている
 

「電車鉄道会社においては、運転手、車掌などは兼務せしむるの弊害あり。その結果、いずれも不熟練をきたし、運転手はその運転上に関し経験を欠き種々衝突その他の事故を生じ、車掌は乗客に対し言語その他の挙動など不親切をきたし、不都合少なからざるにつき、警視庁においては、断然、運転手車掌などの兼務を禁止することにし、その旨各会社に厳命せりと。なお、聞くところによれば、かかる悪弊は、特に市街鉄道会社に最も多しと」

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運転手が ”種々の事故を生じ” はともかく、”乗客に対し言語その他の挙動など不親切をきたす” のは、いまのワンマンカーも同じ。
特に道路渋滞でイライラの運転手では、車掌としてのサービスのほうは忘れがち、とかく兼務はままならぬである
 


 

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引用した主な新聞解説

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大阪朝日新聞=明治12年(1879)1月、朝日新聞として大阪で創刊。21年7月、東京のめざまし新聞と合併し、東京朝日新聞としたのにともない翌22年1月、大阪朝日新聞と改題。昭和15年(1940)1月、東京朝日新聞と題号を統一し朝日新聞となる。
国民新聞=明治23年(1890)2月、東京で創刊。昭和17年10月、都新聞に合併し、東京新聞となる。
時事新聞=明治15年(1882)2月、東京で創刊。昭和11年12月、東京日日新聞に合併。
新聞雑誌=明治4年5月、東京で創刊。明治8年1月、あけぼの新聞、同じく6月東京曙新聞、明治15年3月、東洋新聞とそれぞれ改題、明治15年12月廃刊
中外物価新報=明治9年(1876)12月、東京で創刊。明治22年2月、中外商業新報となり、昭和17年11月、日本産業経済と改題、昭和21年3月、日本経済新聞と改める。
朝野新聞=明治5年(1872)11月、公文通誌として東京で創刊。明治7年10月、公文通誌から朝野新聞と改める。明治26年11月廃刊。
東京日日新聞=明治5年(1872)2月、東京で創刊。明治44年3月、大阪毎日新聞と合同、昭和18年1月、大阪毎日新聞と題号を統一し
毎日新聞となる。
郵便報知新聞=明治5年(1872)6月、東京で創刊。明治27年12月、報知新聞と改題、、昭和17年8月、読売新聞と合併し読売報知新聞と改題。
読売新聞=明治7年(1874)11月、東京で創刊。昭和17年8月、報知新聞と合併し読売新聞から読売報知と改題、昭和21年5月、読売新聞と旧名に戻った。おもしろ雑学事典 著 相沢正夫 発行 毎日新聞社

 

ブロトピ:遠き昭和の思い出回廊

 

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<明治38年(1905)の出来事>
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1月1日 難攻不落の旅順陥落
1月29日 週刊「平民新聞」、廃刊、「直言」をもってこれに代える
2月5日 日本最初の乗合自動車、広島市に開業
2月5日 平民社「平民新聞」の後継紙として「直言」を創刊
2月11日 森下南陽堂、仁丹を発売
2月16日 郵便貯金法公布、実用新案法公布
3月10日 奉天占領(陸軍記念日)
4月4日 早大野球部初の海外遠征
4月15日 漫画雑誌「東京パック」創刊
4月22日 日露戦争の戦没者28,999柱を靖国神社に合祀する
5月1日 平民社でメーデー茶話会
5月27日 日本海海戦に大勝(海軍記念日)
5月28日 日本海海戦にロシア艦隊全滅
5月28日 盛岡高等農林学校開校(現、岩手大学)
6月1日 塩の専売制度実施される
6月18日 台湾の暴風雨に倒潰家屋約3600戸、半潰3500戸、流失船数十隻)
6月30日 相対性理論の論文初めて発表される
7月1日 実用新案法実施される
7月7日 樺太派遣軍第十三師団、メシヤ付近に上陸して直ちに進撃を開始する
7月30日 孫文、中国革命同盟会結成
7月31日 日露戦争、終結
8月1日 公園に初めて音楽堂を開設(日比谷公園)
8月25日 山路愛山ら「国家社会党」結成
9月1日 日露休戦議定書調印成る
9月1日 神戸製鋼所設立
9月3日 市民大会で日露講和条約破棄の決議
9月5日 ポーツマスにて日露講和条約調印
9月5日 日比谷で講和反対国民大会開かれ、交番などを焼き打ち、東京に戒厳令
9月6日 日比谷焼打事件を鎮圧するため、東京市外に戒厳令布かる(11月29日解除)
9月11日 九州・朝鮮間、関釜連絡船開始(下関・釜山航路)
9月11日 佐世保停泊中の軍艦「三笠」の火薬庫爆発して、火災により沈没(死傷者337名)
9月13日 日露休戦協定調印
9月14日 奥羽線、福島・青森全通
10月9日 政府の弾圧厳しく、平民社ついに解散(「直言」廃刊)
10月20日 連合艦隊、横須賀に凱旋
10月23日 東京湾上で、海軍凱旋式による大観艦式挙行(明治天皇、御召艦「浅間」に乗御)
10月24日 東郷平八郎大将以下の凱旋艦隊歓迎会(東京市民に依り上野公園に開催される)
11月5日 朝鮮開城府に京義鉄道開通式
11月15日 石油共同販売所設立
12月2日 ロンドンの帝国公使館を大使館と改める(これより各国公使館を大使館に進める)
12月6日 普通選挙連合会結成
12月20日 東郷平八郎、海軍軍令部長に任命
12月21日 伊藤博文を初代韓国統監に任命
12月22日 第22回帝国議会開院
12月23日 新政党大同倶楽部結成される
12月29日 乃木将軍の凱旋

[su_quote cite=”明治時代年表” url=”http://meiji.sakanouenokumo.jp/1905.html”]引用[/su_quote]

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今日の元気の灯