江戸はイロハで明治はアイウエオ! これって・・・・? 

テレビを見ていて、日本の呼称が日本(にほん)から日本(にっぽん)に変わったのはいつからか?
というのをやっていて、そういえばと思い出したのがいろはにほへとがいつからあいうえおの50音別に変わったのかであった。
 
慌ててノートを引っ張り出してみた、
そもそも、いろは歌は平安時代の中期に誕生とある。
 
承暦3年(1079年)『金光明最勝王経音義(こんこうみょうさいしょうおうぎょうおんぎ)』に現存最古の記録がある。

画像:をだまきの自転車巡礼より

 

一方の、あいうえお順は江戸より前では「五音」や「五音図」といわれていて、現存最古の図は天永2年(1111年)『紙本墨書孔雀経音義』に収録されている。

 

画像:世界の秘密より

 

江戸時代は「いろは」に人気があった。その人気の理由としては、この歌が涅槃経にもとづく、極楽往生の意味を含んでいたから、とある。

 

そして、明治初年におこった廃仏毀釈の政策が、皮肉にも、仏道に関係のある「いろは」を追放したのである

こうして、明治以後五十音に座を譲ったのである。
 
一例を挙げると、明治6年(1873年)に大阪府の一区長が府知事に出した伺い書があるので紹介。
 
 
「今回の戸籍編成法では、いろはのしるしで分けるようになっておりますが、いろはは仏教の因果悟道の歌でございます。従って文明開化のご時世には不都合と存じますので、五十音のあいうえおの順序をもって番号とし、重字の分(おとを、いとゐなど)は、これをはぶくようにすればよろしいかと思います。ここにお伺い申し上げます」

 

明治六年一月十四日
kkkkkkkkkkkkkkkk島下郡第一区区長 高木 半
大阪府権知事 渡辺 昇殿
 
 

これに対しての返答は、書面もっともなことなので、改正すべきと思う。それまではさし当たり、これまで通りと心得ること。であった。

 
 
 
掲載写真は明治の風景です。場所や撮影者は不明です。明治時代の雰囲気が多少でも伝われば・・・・・

画像:明治18年 同志社女学校

 

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