ふるさと読本 

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ふるさとの窓

宇部興産株式会社 山陽無煙鉱業所の社宅に住む私達が通った学校。無煙炭で栄えた昭和39年は、小学校1.031名、中学校841名の計1.872名+1名(私)の生徒がいました。当然社宅も、職員社宅231戸、鉱員社宅1,532戸の計1,763戸と記録に残っている。昭和45年閉山。

写真は昭和30~40年代の木造校舎、一番左が1年生の教室、左から2棟目が3年生と職員室など、一段下がった右の建物が講堂(体育館)でこの写真では見えないが講堂の奥側 に並行して2年生のプレハブ二階建てがあった。いづれも渡り廊下でつながっており、特に、職員室から階段を下りて講堂につながる渡り廊下の左側には工作教室や家庭科教室が配置されていた。
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建物の間には防火水槽なども配置されていたが、あるとき、火災があり1年生の教室がある建物が焼失してしまった。学校は高台にあった為、風の通りが良かったが、それが災いして、風が火の粉を運び、二区の配給所、旭通りからの通学路で 社宅を通り過ぎて、川を渡る手にあった農家の茅葺屋根に飛び火してしまったんです。私の記憶では2棟だったと記憶している。

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忘れまじ 3.11 東日本大震災!!


3.11 東日本大震災の死者、行方不明者は、19,824人、全半壊家屋は30万世帯以上に及ぶ、未だ復興は進まず、家族を失い生計のめども立たず、自殺に救いを求める人、少なからずと聞く。 山道中腹に、「何人もコレヨリサキ家ヲ建テルベカラズ」と書かれた警告板があったらしいが、時と共に忘れ去られて、今となっては後の祭りであろう。我もまた、祈ることしか出来ず空しい。 知あらば成せる知もなし。

  <地震の揺れの恐怖>youtube
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地震列島日本、過去から学ぶ巨大地震の兆候


房総沖巨大地震の恐怖

古文書が教えてくれる房総沖の巨大地震に恐怖が走る。 これは、3.11の東日3.11東日本大震災の歪が、房総沖で止まったのは、ここ房総沖ににストレスが溜まった事を意味するのである。これを、古文書を 通して検証してみよう。



関東大震災に学ぶ首都圏への警告
東日本大震災いこう関東の地下では恐ろしいほどの地震が続いています。ここで次の大きな地震、すなわち、10万5000人もの命を奪った、マグニチュード7.9の大地震、関東大震災級の地震がおきても不思議でも何でもない事を 日本の歴史上最悪の関東大震災に学ぼう。
1ページ14分位の動画が5ページありますので、少しずつご覧ください。